田中博ノート

探偵小説研究会の田中です。雑誌等に書きっ放しになっている文章や、手元にある未発表の文章を掲載しています。

2007-02-15F・キットラーと反省

[][] メディアと反省と

先月、本屋で『グラモフォン・フィルム・タイプライター』(F・キットラー)の文庫版をみつけて、思わず買ってしまった。

単行本の方を刊行当時に買って読んではいるのだが、部屋全体がゴミ箱状態で、どこかへ紛れてしまって……「CRITICA」の第2号用原稿を書き始めており、このブログでちょこっと触れたメディア論的なことを柱にしようとている身としては、やっぱり読み直しておくべきかなぁ……と。

で、読み直しているのだが、やっぱり面白い。蓄音機・映画・タイプライターというものの発明と20世紀的な認識の構造の関係を、様々なエピソードや小説や批評的言説を拾いつつ素描している。もちろん、1986年に本書を刊行したキットラーのモチーフには、現在のコンピュータ社会というか、デジタルデータが溢れかえるネット環境まで射程に入っており、“その”起源を問う――みたいな出来上がりになっている。

ただ……そうしたモチーフから、“言葉”にはチョット冷たいというか……そこらへんは、今書いている原稿でフォロウしないといけない。そもそも、私の“純小説的叙述”なるものは、ジャーナリズムの爆発的な発展を背景にした19世紀後半以降の状況の分析に基づいている。活版印刷により大量に生産され、流通する“言葉”の姿に注視したわけだが、同時代的に、キットラーが注目する聴覚・視覚の再編も行われ、記録・伝達システムの劇的な変容があったわけで、そこらへんまで議論の底を開いてみれば……以前書いた「近代小説の自律的システム」を相対化して、現代にも適応可能な“小説論”ができるはずなのだ。

できるかな……俺に……