市川尚吾の蔵出し

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2017-06-18

[]須藤凛々花問題 12:37

自分の言動に責任を持つこと。そのために人生のさまざまな場面で正しい選択をし続けること。それを実現するにはどうしたらいいか。どういうルールで自分を律したらいいか。社会を律したらいいか。それを考えることが哲学の根源のひとつだと思っている。

もしアイドルが集票イベントの最中に恋愛にうつつを抜かしていたとすれば、それを責任ある行動だと判断することはできないだろう。我欲に忠実だとは言えるが、それだったら動物でもできること。自分の言動に責任を持ちたいと思ったならば、嘘をつきたくないと思ったならば、本当のことを言っても誰にも迷惑をかけないように行動を律するのが本筋である。アイドルグループの一員として活動をしている間は、ファンを裏切る行為を慎むこと。我欲を抑えきれないと判断したならば、アイドルを卒業して、ファンの作り上げた偶像から解放されるという手順を踏んだのちに、やりたいことをすればいい。

といっても「恋愛禁止」はAKB48グループの公式ルールではなく、ファンに「裏切られた」という気持ちを抱かせないための、アイドルの自主規制であり、それをナイガシロにしてきたアイドルは過去にも少なからずいたことは事実である。

今回の騒動のいちばんの問題は、週刊誌によるスクープの被害を受け流すために「結婚発表」という奇策を用意したこと、ではなく、それを48グループにとって大事なイベントである「総選挙開票式」の壇上スピーチで行ったことである。後日別な形で「結婚発表」という奇策を用いたのであれば、グループのファンからここまで総スカンを食らうことはなかっただろう。しかし須藤は大事なイベントの最中にそれを用いて、開票式を台無しにした。その罪は重い。

総選挙の開票式は今年で9回目を迎えた。過去8回と同様、今年も壇上に立ったメンバーがそれぞれ嬉し涙や悔し涙を流した。ファンも涙を流したし、壇上に立てなかった圏外メンバーとそのファンの悔し涙も忘れてはいけない。その涙を吸った大地から、翌年、綺麗な花が咲くのである。

そんな大切な地面に、20位の須藤は生コンクリートを大量にぶち撒けた。19位の峯岸みなみ、18位の松村香織、17位の向井地美音は自分に与えられていた時間が大幅に削られた中で、何とか目の前の生コンを掻き出して、来年のための地面を少しでも露出しようとしていた。選抜メンバー16人のスピーチでも、コンクリートを掻き取ることに多くの時間が取られていた。それでも地面に大量のコンクリートは残り、すぐに固まり、大勢のメンバーやファンが流した涙がその下に消えて見えなくなってしまった。

おそらく来年になれば、コンクリートは風化して、あちこちの罅割れや隙間から力強い芽が吹いて、綺麗な花を咲かせるだろう。でもこの生乾きのコンクリートに覆われた大地の景色は、その荒涼とした風景は、多くのファンの気持ちを冷めさせる恐れがあるし、放っておいてよい問題ではない。

グループの大事なイベントを「個人のしでかした過ちの尻拭い」に使い、荒涼とした風景を現出させた責任は果てしなく大きい。開票式を私物化したと言っても過言ではない。壇上にのぼれなかったメンバーも含めて322人の思いが詰まっていたはずの大事なイベントを、須藤の(スキャンダル逃れのための)「結婚発表の場」に変えてしまったこと。責任感がカケラでもあればそんな(須藤以外の全員にとって)誤った選択はしなかっただろうし、この程度の判断力もない人間が「哲学者を目指す」などと称していたことに憤りすら覚える。

まとめ。

1)スキャンダルの発覚で自分のファンの気持ちを踏みにじったのはまた別にしても、

2)総選挙を私物化し他のメンバーやそのファンの気持ちを台無しにしたのは大問題。

3)責任ある行動を目指すのが哲学者への第一歩だが、まるでなってないのに呆れる。

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